未分類

フリマアプリ市場の拡大と中古市場の衰退

お久しぶりです。倒産じぃじです。
あいも変わらずたこ焼き屋での修行に精を出す毎日ですが、そこは五月。五月病とでも言いましょうか、モチベーションが上がりません。
まぁ五月だから五月病って言ってるだけで、モチベーションの起伏なんて年中起こってるんですがね。
そんな今日はたこ焼きとは全くの別業種である中古流通市場のお話を少しだけ。
元々自分自身が中古流通に携わる仕事をしていた事と、現在でもその名残で物販を行なっている身なので触れてみようかなと思った次第です。

フリマアプリ市場の拡大と中古市場の衰退​​

先日見かけた愛読サイトの一つである、”東洋経済オンライン”の記事にこんなものがあった。

「メルカリに食われる」、リユース業界の悲鳴 

引用源:東洋経済オンライン | 経済ニュースの新基準

※引用源リンクはページトップ


詳しい内容は直接ページにて確認して貰えれば分かりやすい記事で頭に入りやすいと思うが、



ようは、



1・”昨年の夏から店舗展開しているリサイクルショップは軒並み売上減少傾向”


2・”その要因としては中国人爆買客の減少とアパレル業の業績不振”


3・”それらに加えてフリマアプリの台頭”



こんなところで、特に3に関しては、個人間取引が普及して、リサイクルショップとしての商材の確保がかなり厳しくなっているというもの。



さて、リサイクル業界、いかがなものか…



同記事文中にも記載があるが、個人間取引の火付け役でもある”ヤフーオークション(=現ヤフオク!)”がサービスを開始したのが1999年。



今から20年弱も前の話で、俺自身の記憶が確かなら、当時の俺は高校生で、手数料、月額利用料なんてものも存在していない自由参加型のものであった。



実にWindows98の普及し始めの頃の話だと記憶している。



そこからPCの進化、回線速度の進化、ネットの普及に伴い、個人間取引サイトが一般化。スマホの普及でそれは更に加速度を増し、App Storeを開けばオークションにフリマと、個人間取引アプリが軒を連ねる。



コレは完全に時代の流れが変わり、リサイクルショップが物の売買に付加価値を付けねば、単純な物とお金のやりとりだけでは個人間取引に勝るメリットは打ち出せず、淘汰されるだけの道を歩むことになる。



と、



いつから把握できた話なのか。


来るべくして来た悲鳴。



即現金渡しがリサイクルショップの強みで、個人間取引とリサイクルショップは住み分けが出来るという考えがあまりにも発展のない業界を表していて笑えた。



そこだけは守られている分野とでも思っていたのか?と思ってならない…



確かに即現金渡しは実店舗をもつリサイクルショップと強みなのかもしれない。



が、そのサービスを個人間取引が打ち出す前に売上減少。



もはや何を言っているかわからない世界。



バブル崩壊後の貧困ビジネスとして成り立っていた業界だけに、時代が良かった事が後押しして継続していただけの業界に過ぎないのだろうか。



今でこそ即現金はどの個人間取引仲介会社からも提供されていないが、それも時間の問題かもしれない。



返品交換不可のアイテムに限定する事が条件になるかもしれないが、



購入者が物を購入したタイミングで、購入者の保持ポイントを減算、と同時に同金額(若しくはそれより手数料を差し引かれた金額)を瞬時に振り込む。



後は出品者が送れて商品を発送するといった流れ。



起こり得るトラブルは想像出来るが、これなら出品者に支払いタイミングを強要する事なく即現金(金融機関営業時間に限る)が売却側に渡る事となる。



改善する問題はあるが、事実上可能な仕組みに、何故住み分けが可能という安堵の気持ちを持ち合わせたのか不思議でならない。



最近ではZOZOタウンも”付け払い”を導入し、ユーザーは既に多様しているという話も夕方のニュースで見かけたわけだが、



お金の流れはもう過去の常識に囚われない形になっている。



物流に関しても、AmazonFTBの様に、先に商品を個人間取引仲介会社に送ってしまうシステムが出来上がるかもしれない。



そこまでするかは分からないが、メリットがあるならするし、ないならしないのだろう。



住み分けしても、それは個人間取引仲介会社がメリットを感じなかった部分であって、そのオコボレ部分を住み分けと感違いしている事に早く気付いた方がいい。



そんな俺も時代について行くどころか、毎日の生活に身体がついて行く事でやっと。



偉そうな事もそう言ってられないだろう。



目指してるたこ焼き屋に限らず、飲食業界も何かと大変な事は簡単に察しがつく。



数多の選択肢の中から自分が選ばれる手法を選ばなければ、



明日は我が身というわけだ。